麦穂7月号巻頭言 ペンタス 主任司祭 細井保路
2026/7/13
ペンタス 主任司祭 細井保路(ほそいやすみち) 夏の暑い盛りに咲き続けるペンタスという花を植えました。赤や白やピンクを中心に色の種類もたくさんあります。五弁の星形のかわいらしい花が密集して咲き、炎天下でも清涼感のある空気を作りだしてくれます。足元に咲いているのだけれど、満天の星空を連想させてくれる花です。 天の川が自く輝く満天の星空を初めて見たのは、八ヶ岳の麓の牧場でアルバイトをした高校1年の夏体みの時でした。それ以来、夏にはどこかで、夜空いっぱいの星を眺めて来ましたが、ここ数年、天の川を眺めていないことに気づきました。 運よく満天の星空に遭遇すると、私はいつもアブラハムのことを思い出します。創世記15章5節は、旧約聖書の中で大好きな箇所です。神さまの呼びかけに応え、一族を引き連れて旅を続けるアブラハムは、ある夜、天幕を出て、満天の星を眺めながら、来し方行く末を思い巡らします。そして、これでよかったのだろうかと自問します。すると、神さまの声が聞こえるのです。聖書の記述はこうなっています。 「主は彼を外に連れ出して言われた。『天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみるがよい。』そして言われた。『あなたの子孫はこのようになる。』アブラムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。」 (「アブラム」と書いてあるのはミスプリントではありません。17章で、「あなたを諸国民の父とする」と神さまから告げられて、「アブラハム」という名を戴くようになります)。 アブラハムはしばらく座って星空を眺めていただろうと思います。その情景を思い浮かべる時、私もアブラハムのそばに座って一緒に星空を見上げます。 天幕を出て、夜空を見上げるのは、とても大事なことです。自分の狭さを抜け出して、神さまのメッセージが聞こえて来るような大きな世界の下に立つことだからです。私たちは、自分で築き上げた狭い天幕の中に閉じこもりがちです。息詰まる空間の中で、心配ごとばかりが増大していきます。自分の狭い価値観にとらわれて人を裁きたくなります。そんな時に、自分を開じ込めている狭い空間をすり抜けて、満天の星空の下に佇んでみましょう。神さまが用意してくださっている大きな世界は、夜空だけではありません。足元の小さな花々の世界にさえも神さまの息吹きは感じられるのです。


045-783-3524