8/15 聖母の被昇天のミサ 説教

2020/8/13

       戦後75年 日本カトリック司教団平和メッセージ             すべてのいのちを守るため             -平和は希望の道のり-frzz                               ヨハネ・ボスコ 林 大樹  聖ヨハネ・パウロ二世教皇は39年前(1981年2月)広島で、次のようなメッセージを述べました。「戦争は人間の仕業です。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です。┅┅過去を振り返ることは、将来に対する責任を負うことです。┅┅人類┅┅に向かって軍備縮小と、┅┅核兵器の破棄とを約束しようではありませんか」。  このアピールに応えて、日本カトリック司教団は、翌年から、平和のために祈り行動するため「平和旬間」(8月6日~15日)を設けました。  2020年8月15日(土)戦後75年を迎えます。司教団は、「日本の教会の兄弟姉妹とすべての善意ある人々へ」向けて、戦後75年を迎える平和旬間にあたり、平和メッセージを発表しました。タイトルは「すべてのいのちを守るため」-平和は希望の道のり-です。私なりに下記にまとめました。  カトリック教会の平和への立場  沖縄県平和祈念資料館の出口に、「むすびのことば」として次のように刻まれています。  (略)戦争をおこすのは たしかに 人間です しかし それ以上に 戦争を許さない努力のできるのも 私たち 人間 ではないでしょうか (略) これが あまりにも大きな代償を払って得た ゆずることのできない 私たちの信条なのです  戦争、基地、軍備補強に反対する沖縄の人々の切実な叫びは、「戦争というものは、これほど残忍で、これほど恥辱(ちじょく)にまみれたものはないと思う」に至った沖縄戦の体験からきています。  2017年9月20日、バチカンは、核兵器禁止条約に他の2カ国と共に最初に署名・批准(ひじゅん)し、11月には「核兵器のない世界と総合的軍縮への展望」国際会議を主催しました。その場で教皇は次のように述べました。「核兵器の使用と威嚇(いかく)のみならず、その保有そのものも┅┅非難されなければなりません。この点で┅┅重要なのは、広島と長崎の被爆者、ならびに核実験の被害者の証言です。彼らの┅┅声が、次世代への警告として役立つように願っています」。  教皇訪日平和メッセージ  昨年11月、教皇フランシスコは訪日し、様々な声を代弁して世界に訴えました。「軍備拡張競争は┅┅資源の無駄遣いです。┅┅武器の製造、改良、維持、商いに財が費やされ、┅┅日ごと武器は、┅┅破壊的になっています。これらは途方もないテロ行為です」。「戦争のために原子力を使用することは、┅┅犯罪以外の何ものでもありません。人類とその尊厳に反するだけでなく、私たちの共通の家の未来におけるあらゆる可能性に反します。原子力の戦争目的の使用は、倫理に反します。┅┅核兵器の所有も倫理に反します」。  そして、教皇はすべての人々に呼びかけます。「核兵器から解放された平和な世界。┅┅この理想を実現するには、すべての人の参加が必要です。個々人、宗教団体、市民社会、核兵器保有国も非保有国も、軍隊も民間も、国際機関もそうです。核兵器の脅威に対しては、一致団結して具体性をもって応じなくてはなりません」。 教皇のこの発言に呼応して、日本カトリック司教協議会は、昨年12月、会長名の文書で、首相宛てに「核兵器禁止条約への署名・批准(ひじゅん)を求める要請」を行いました。米国カトリック司教協議会┅┅も教皇フランシスコの広島・長崎での発言を支持し、「米国は非核化・軍縮の先頭に立つべきである」と政府に働きかけていくとの声明を発表しました。  平和は希望の道のり  教皇は今年の「世界平和の日(1月1日)」メッセージで、「平和の道を歩むことは、時間のかかる骨の折れることです。それは、真理と正義を求め、犠牲者の記憶を尊重し、報復よりもはるかに強い平和への希望に向けて一歩ずつ切り開いていくという、忍耐力を要する作業なのです」と述べました。  平和は、私たちの希望、全人類が切望して止まないものです。その希望があるからこそ、現在がときに困難な状況であることを分かっていても、私たちは平和への道に踏み出すことができます。希望は平和への道を前に進む力の源です。  メッセージのまとめ  教皇は今年の「世界平和の日」メッセージで、「争いの源は恐れです(例えば、核戦争がおこるという恐れから世界に安全をもたらすという核抑止の考え方があります)。平和への道は、まず対話が必要であり、その対話のためには、赦しと和解(報復の連鎖が起きている現実があるため、根底から敵を兄弟姉妹として認める兄弟愛)が必要です」と述べています。  「┅┅この世界は、┅┅創造主からのすべらしい贈り物」です。「私たちが、①自分たち自身のいのちを真に気遣い、②自然とのかかわりをも真に気遣うことは、③友愛、正義、他者への誠実と不可分の関係があります」(回勅『ラウダート・シ』70)。  和解の道のりとして、この①②③の順序が大切です。「すべてのいのちを守る」ためには、まず創造主からの贈り物である自分のいのちを大切にすることが必要です。創造主からの贈り物である自分のいのちを大切にしているからこそ、同じ創造主からの贈り物である自然の生き物や他者のいのちを大切にすることができるのです。  和解の道のりは根気と信頼が欠かせません。平和は、希望しなければ決して実現しません。そのためには何よりもまず、平和の実現を希望し、祈ることが大切なのです。               2020年8月15日(土) 金沢教会 聖母の被昇天のミサ 説教聖母の被昇天 2020年8月15日 戦後75年日本カトリック司教団平和メッセージ

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