12/20 待降節第4主日ミサ 説教

2020/12/16

       お言葉どおりになりますように―待降節第4主日B年                               ヨハネ・ボスコ 林 大樹   ルカによる福音1章26-38節  マリアの反応 29節 この言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。  天使ガブリエルが、「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」(28節)と挨拶したとき、マリアは戸惑い、「考え込みました」。動詞「考え込んだ」は心に疑惑が生じて考え込むという意味ですが、ルカ3章15節ではメシアを待望する民衆に使われています。3章15節でも、この節と同様に、希求法の動詞を伴っていることから考えると、マリアはただ困惑や疑惑だけに満たされたのではなく、救いの出来事への希望をも抱いていました。しかも「考え込んだ」は動作の継続を表す未完了形で書かれています。マリアはわずかであっても希望を持ちながら、ずっと考え込んでいます。 34節 どうして、そのようなことがありえましょうか。  誕生告知を聞いたマリアは「考え込む」ことを止めて、「どうして、そのようなことがありえましょうか」と天使に問いかけます。動詞「ありえましょうか」は直説法未来形の動詞です。マリアはまだ半信半疑です。しかし、29節に述べられた「希望」がいっそう強くなっています。それが直説法未来形の動詞で表されていると考えることもできます。 38節 お言葉どおり、この身に成りますように。  希望が次第に高まったマリアの内に転換が起きます。戸惑いは消え、恵みに身を開きます。動詞「成りますように」は希求法です。  天使の言葉  マリアは最初「この言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことか」と考え込みますが、「どうして、そのようなことがありえましょうか」という問いかけに変わり、最後には「お言葉どおり、この身に成りますように」と述べて、天使の言葉を受け入れます。このような変化を引き起こすのは天使の言葉ですが、それだけ引き出すと、次のような構成になります。 a  マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた(30節)。   b  あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい(31節)。    c その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる(32節)。     d 神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、      その支配は終わることがない(32-33節)。    c´聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は      なる者、神の子と呼ばれる(35節)。   b´あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている    不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている(36節)。   aa´神にできないことは何一つない(37節)。  上の構成が示すように、マリアにくだる恵みは「神から」くるのであり、その神は「できないことは何一つない」方です(aとa´)。ですから、不妊の女と言われたエリサベトも「男の子を身ごもっている」のだし、マリアも「身ごもって男の子」を産むことになります(bとb´)。それは「いと高き方」の力がマリアを包むからであり、それゆえ、生まれる子どもも「いと高き方」の子と言われ、神の子と呼ばれます(cとc´)。こうして、真の王が「ダビデの王座」に座り、「その支配は終わることなく」、彼のうちに神の支配を見て信じる者は救われることになります(d)。  今日の福音のまとめ   ヨハネの誕生告知(1章5-22節)       イエスの誕生告知(1章26-38節) 両親紹介ザカリアとエリサベト(5-7節)    マリアとヨセフ(26-27節) 天使の挨拶 ザカリアに(8-11節)       マリアに「おめでとう」(28節) 反応 ザカリアの不安(12節)                    マリアの不安(29節) 天使の慰め 「恐れるな」(13節)               「恐れるな」(30節) 誕生告知「子が生まれ、名はヨハネ」(13節)    「子が生まれ、名はイエス」(31節) 子の使命「主の前に偉大」(15節)               「偉大、いと高き方の子」(32-33節) 反論 「どうしてわかる」(18節)と             「どうしてありえましょう」(34節) 理由 「私は老人、妻も老女」                    「私は男を知らない」 天使の答え 誕生は神から(19節)               「処女懐胎は神から」(35節) しるし ものが言えなくなる(20節)              エリサベト懐胎(36-37節) 反応 沈黙(21-22節)                          「お言葉どおりになりますように」(38節)  ルカ福音書では、二人の女性、老女エリサベトとおとめマリアが次々と子どもを受胎するというお告げが天からもたらされます(1章5-38節)。上の対応表から二人の誕生告知の並行は明らかですが、同時にマリア―イエスは、エリサベト(ザカリア)―ヨハネに対して優位に置かれています。天使のお告げに対して、ザカリアもマリアも同じように反論しているにもかかわらず、二人の「しるし」と「反応」は相違します。ザカリアに対しては天使のお告げに対する不信の罰(20節 ものが言えなくなる)として、マリアに対しては信じる者の従順(38節 お言葉どおりになりますように)への答えとなっています。  神の子の地上来臨(=クリスマス)を目前に控えて、教会はこの日、天使のこの重要なメッセージを私たちに思い起こさせます。イエスこそ人類に対する神の最大のプレゼントであり、私たちはそれをマリアのように、信仰の従順によって受け入れます。私たちは感謝の祭儀(ミサ)にあずかるごとに、いわばマリアへのこのお告げの場面に立ち会うのです。                   2020年12月20日(日) 金沢教会 主日ミサ 説教待降節第4主日 2020年12月20日 お言葉どおりになりますように ルカによる福音1章26-38節.doc

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