麦穂12月号巻頭言 迎え入れる姿勢 主任司祭 細井保路

2023/12/6

             迎え入れる姿勢                              細井保路(ほそいやすみち) 待降節第1主日の福音書では、旅に出る主人が門番に、「目を覚ましていなさい」と命じるたとえが語られていました。いつも目覚めていなさいというのは、絶えず張りつめた気持ちでいなさいという意味ではありません。どんなときにも「迎え入れる心」を持っていなさいと言われているのです。 不測の事態に備えて迎え撃つ姿勢を取るのではなく、いつも注がれている神さまからの恵みを受け入れる準備のできた心でいることが求められているのです。この話の直前に、福音書には、終末のしるしと思われる様々な苦難が起こるのを見たら、「人の子が戸口に近づいていると悟りなさい」(マルコ13・29)と書かれています。イエスさまが戸口を叩かれるのですから、私たちに求められているのは、迎え入れる姿勢です。 マタイの福音書(マタイ24・33)でも、同じ表現が使われていますが、ルカの福音書(ルカ21・31)では、「人の子が戸口に近づいている」ではなくて、「神の国が近づいている」と書かれています。この表現のほうが、迎え入れる心のありようを、もっと広く大きくイメージできます。「戸口」に注目すれば目の前だけを見据えることになりますが、やって来る「神の国」を見つけようとすれば、天上の神さまの世界がふわりと大きなベールのように舞い降りて来るのを受け止めることになります。 神の国の完成とか世の終わりとかいう言葉を聞くと、何か衝撃的な出来事のような気がしてしまいます。でも、神の国は、天上の神さまの世界が舞い降りて来るようにして完成するのだと思い描くこともできます。 「天には神に栄光。地には人に平和」。これは、救い主の誕生を告げられた羊飼いたちが聞いた天の歌声です。この歌声と共に、イエスさまは静かに私たちの世界に降りて来てくださったのです。神の国がこの世界にやって来ているのだという確かなしるしがイエスさまなのです。それ以前もそしてその後も、神さまの恵みは絶えずこの世界に降り注いでいるのです。 それなのに、クリスマスを迎えるこの時期にも、世界のあちこちで悲しい争いと殺戮が繰り返されています。私たちは、もっと真剣に、神の国を受け入れる姿勢を身につけて祈りましょう。地上に平和が実現するように、神の国が雪のように静かに降り積もって、私たちの犯す過ちを真っ白に覆ってくれるように。

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