麦穂1月号巻頭言 スイセン 主任司祭 細井保路

2026/2/9

                スイセン                           主任司祭 細井保路(ほそいやすみち)  2026年が明けました。今年も教会の屋上から初日の出を眺め穏やかな年であるように祈りました。そして、元旦のミサで皆さんと、世界の平和を願いました。しかし、相変わらず、「神の霊の導きによって歩む」(ガラテヤ書5。16)ことを忘れたこの世界では、権力を握った人たちの「利己心」が敵意や争いや怒りを生み出しています。それに対して、私たちの平和を求める切なる祈りは何の力も持たないように思えます。しかし、平和は私たちの足元からしか生まれないのです。  聖パウロの言葉を思い出しましょう。「これに対して、霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です。これらを禁じる掟はありません」(ガラテヤ書5・22)。神さまのお望みに繋がっているなら、小さ な「善意」でも「利己心」を消し去る力があるということなのです。  敵意、争い、怒りに飲み込まれないようにして、善意を持ち続ける必要があります。神さまのお望みがこの世界に現れ、世界を覆っている利己心が後退して行くための糸口は、私たちが善意の人なることなのです。  イエスさまの誕生のときに、羊飼いに現れた天使たちの歌を思い出しましょう。「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、みこころに適う人にあれ」(ルカ福音書2・14)。「みこころに適う人」とはまさに「善意の人」のことです。  冬枯れの教会の庭に、ほのかな香りを漂わせて水仙が咲いています。毎年、年明けに合わせるようにして、庭の隅のあちこちに群れて咲き始めます。人目をひくような鮮やかな色をしているわけではありません。それでも群れて咲くその姿を見ると、冬はもうすぐ終わり、春が巡ってくることを感じさせてくれます。1、2本摘み取って部屋に持ち帰って飾ると、外で風に揺れていたときよりも甘い強い香りを放ちます。  水仙の花は、「善意の人」であり続けるすべを教えてくれているように思います。世界の片隅で群れて咲き、一つひとつが精一杯香りを放ち、確かにやって来る春を告げているのです。  「みこころが天に行われるとおり地にも行われますように」と、「主の祈り」で私たちは繰り返し唱えます。地上では、神のみこころは、「善意の人」たちが水仙の花のように咲くことで実現するのです。

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