麦穂10月号巻頭言 ワレモコウ 主任司祭 細井保路
2026/10/11
ワレモコウ 主任司祭 細井保路(ほそいやすみち) 庭の秋の草花に交じってワレモコウが咲いています。精一杯空に向かって咲いているのですが、周りの花が良く育っているので、あまり目立ちません。ワレモコウを初めて見たのは、もうずっと以前のことになりますが、信州の高原あたりだったと思います。えんじ色の無数の玉が空中で揺れている様子はいかにも秋らしい景色でした。広々とした空の下が似合う花です。庭のフレモコウも秋の空に浮かんでいる様子を眺めたくて、しゃがんで下から見上げてみたりします。 頼りなく空中に浮かんでいるように見えながら、しっかりと細い茎に支えられ、大きな空の下に群れている姿は、私たち人間の姿を見せられているかのようです。人の一生のあり方が示されているような気がします。精一杯生きた人生のその先には、光に満ちた大空が待ち受けているのです。ゴールが頭上の壮大な世界であるならば、私たちは、この世に生きている間に、無理やり何かを勝ち取る必要はないのです。 イエスさまの十字架を仰ぎ見る時に、そのことに気づかされます。世界中が神さまのやさしい眼差しに気づくようにというイエスさまの願いは、すべての人には届きませんでした。そして名誉を傷つけられたまま死を迎えました。しかしそのイエスさまの生涯の先に、イエスさまが見据えていた神さまの世界の完成が待っていたのです。 この世で何かが完成する必要はないのです。誰かのもくろみが達成されることもないのです。この世で終わりを迎えたものは、本当のゴールに持って行くことはできないからです。未完成のまま終わる私たちの人生は、最後に神の国で完成するのです。 社会に貢献する生き方を目指すことも、神さまや人のために自分の力を捧げることも、与えられた人生を誠実に生きることも、日々感謝を忘れずに過ごすことも、大きな夢を追いかけることも、どれも本当に大切なことです。しかし、それに加えて、神さまが完成してくださる世界をいつも頭上に感じながら歩むことを忘れてはなりません。 長雨から抜け出して、ようやく秋の空を眺められるようになりました。天の高さを感じながら、「天におられるわたしたちの父よ」という祈りのことばをもっと深く味わうようにしましょう。


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